習ってから8年。「サイエンスコミュニケーション」というものを振り返る。
- outreachpj
- 2014年2月4日
- 読了時間: 19分
「サイエンスコミュニケーション」やら「サイエンスコミュニケータ」
に関して、思うところを書いてみます。
主観丸出しで書いておりますので、特に発言を支える
統計的なデータがあるわけでもありません。
個人の感想として読んで頂ければ幸いです。
なんで振り返るのが8年間かというと、
私が過去に受けた講座が↓だからです。
(2006年に開講し、現在8期生まで修了している。)
これの1期生だったので、
受講していた当時(学生でした)から、現在(一般企業にて働き中)までで
感じたこと、見えてきたことなどをつらつらと書いてみようかと…。
以下、結構な長文となりますが、見出しをつけておくので
興味のある部分だけでも見てみていただければと思います。
※※途中、だいぶ(特に学生さんに)キツイ表現の部分があります。※※
こちら、過去の自分を思い返したりしていたところだいぶトゲトゲしく
なってしまいました…。すみません。
基本的には、この分野には好きで足をつっこんだこともあり、より良く
発展していって欲しいと思っています。
攻撃をするつもりで書いているのではなく、問題点を見出していくことで
良い方向に動くきっかけにできればなという考えのもとつづっています。
■未だふわふわしている定義■
「サイエンスコミュニケータ」って何者でしょう。
広義でいえば、
「科学の情報をやりとりする際に、それをスムーズ行えるように架け橋となる存在」
…のことでしょうか。
それぞれの立場での対象者がいて、その相手のために情報を整理する役割なので、
出版やマスコミ系の人、学校の先生だったりも含まれるはずです。
研究者間でも情報はもちろんやりとりされるので、彼らもそうですね。
国立科学博物館では、特定の職業を指すのではなく、立場に合わせて使用する「スキル」
を有する人として捉えるよう教えられた記憶があります。
そのため、私個人の中ではこちらのイメージの方が断然強いです。
逆に狭義だと、「科学の面白さを、一般市民へ伝える人」でしょうか。
科学館の解説員や、実験教室で教えている人、出張授業を行う研究者…
要は<専門家>と<一般>という線引きをして、そこの間を繋ぐ人という
感じ…ですかね。
「科学って楽しい!」という感想を相手に抱いてもらえることを目標・喜びとして
活動してらっしゃるのではないでしょうか。
周りの様子を見ていると、こちらのイメージで動いている人が結構多い印象です。
もう、前者と後者で全然別物だと思うのは私だけでしょうか。
私個人は上記のように捉えておりますが、
人によってこのあたりの定義はバラバラです。
8年前よりも、携わる人や組織が増えた分
更にバラバラなのではないかなー…と感じています。
なので、自称、この「サイエンスコミュニケーションに携わっている」という人同士が
集まっても、同じ土台に立っているわけではないので
話がかみ合わないというか、スタートラインでいきなりコケるというか…。
とにかく非常に残念なことになることが多いのでは?と思います。
ディスカッションとか皆さん好きですが、例えばグループワークなどを行ったとしても
生産的な結論まで時間内で達することは非常に稀であると感じております。
「そもそも」みたいなところをずーっと話していて、漠然としたでっかい意見が並び、
最終的なまとめを読んでも具体的なものが全く見えてこない…とか。
超主観的な感想ですが。そんな印象です。
同じことに興味を持つ仲間なはずなのに、どうもかみ合わない。みたいに
感じること、意外と多くないでしょうか。
追記: 8年前は、とにかくこの言葉がきらめいて見えたため、
普段から結構使用していました。
…乱用に近いかもしれない。というくら使ってたんじゃないかと思います。
自分も関わっています。一生懸命やってます、ということをアピールしていました。
現在は極力使わないようにしてます。
馴染みのない人相手には、使わないほうが誤解もされにくいしその人との距離もつかみやすい。
と考えるようになった結果です。
ただし、
「サイエンスコミュニケーションやってます」といったことは、一部の人への
自己紹介の時に大変便利ですよね。
研究機関、教育機関・科学館、大学などの関係者相手の時には、
短い自己紹介でなんとなく自分の属性を伝えられますから…。
私もこういう時には使ってしまってます^^;
この使い勝手の良さがあるゆえに、定義がとても曖昧であるにも関わらず
「サイエンスコミュニケーション」という言葉が使われ続けているのかもしれないですね。
■「サイエンスコミュニケータ」としての働き口について■
サイエンスコミュニケータを育成する機関はだいぶ増えてきました。
そして、「サイエンスコミュニケーション」という字面も以前に比べると
求人の場面で見かけるようになりました。
8年前は、求人で「サイエンスコミュニケーション」といった言葉で検索を
かけたところで全然引っかかってくるものはなかったのですが…
最近では「URA(University Research Administrator)」なる
ポジションが大学で確立されてきたりしているようですね。
早稲田大学のページで概要を説明しているところがありましたので
リンクをはっておきます。→早稲田大学のページへ
恥ずかしながら、最近までこのあたりのことは全然知りませんでした…。
なので、科学館・研究所(広報系の職)・大学(広報系の職)などでは
「私はサイエンスコミュニケーションをやってきました。」というアピールで
ちゃんと通じるようになってきているのではと思います。
では、それ以外の場所では?
一般の企業ではどうでしょうか。
一般企業でしか働いたことがない私からすると、
「私はサイエンスコミュニケーションをやってきました。」だけでは
採用担当にとって魅力的とは到底言い難いものであると思います。
そして正直なところ、「サイエンスコミュニケータ」という肩書きは
一般企業で仕事をしているならば、特に役に立ちません。
■企業として彼らに魅力を感じない理由■
教育CSRに熱心な企業や、サイエンスコミュニケーションというものに
興味を持っている企業は確かにあります。
でも、大半はそうではありません。
ESにその活動を書いたところで、よくあるサークル活動と同じに
捉えられることでしょう。
アピールするならば、「だから私はこんな事で戦力になれます」といった
ところまでセットにしておくことをおすすめします。
<学生さんへ>
今就活している人たちには、一般企業においては
「組織の中で働くということが大前提」だということを理解していただきたいです。
組織のコマになれ。個人の志など関係ない!
…と言っているわけではありません。
自分の考えがほわほわしてハッキリしない人よりは
しっかりとした意思を表明できる人の方がもちろん印象はよいです。
が。
社の方針や、同僚・上司、自分の求められている立ち位置に沿って
動けそうかどうかという部分の方が大事です。
まずは社会人としてきちんとやっていけるかどうかです。
報・連・相をちゃんとしながら、責任をもって会社で働けるかが重要です。
つまり、
「自分の主張はするが、協調性がなさそう」と見られたらアウトなわけです。
単独プレイは基本的に求められていません。
「この人と一緒に働きたい」と思われないと、採用なんてされません。
わりと大きめの企業での採用活動にも、仕事で少し関わりましたが、
印象の悪い人は本当にバッサリ切りますよ。
会社説明会での受付で、履歴書もらった段階で×がつく人もいます。
(挨拶もなし。片手で履歴書を適当に渡してくる人とか。)
その人はもう、履歴書のPR文なんて読まれませんからね。
お気を付けください。
もし万が一、うまい具合に採用されて中に入り込めたとしても、
組織の中で上手くやっていけない人には信用はついてきません。
なので、自分でサイエンスコミュニケーション系の企画を立てて動かせるほどの
ところには繋がらないでしょう。
前職でも現職でも、私は名刺に「サイエンスコミュニケータ」という言葉をいれる
許可を会社からとることができましたが
(※会社は「サイエンスコミュニケーション」とか全然知らないところでした)、
このためには自分の会社への貢献度というか、働きっぷりを認めてもらう必要が
ありまして…。
そのため、前職では約4年。現職では数ヶ月かかりました。
前職は新卒で入りましたから、社会人としてちゃんと仕事をまわせるように
なるまでに時間がだいぶかかりました。
…ただまぁ、この肩書きは、本当にごくごく一部の人に会うときにしか役にたちません。
普段の業務では、これが入っていたところで名刺交換時特にいい事もないので
入れてないバージョンの名刺を使用しています。
「一般企業に入って、自分の思うサイエンスコミュニケーションをしたい!」
「一般企業に入ったけれど、全然思うような仕事をさせてもらえない」
と思っている学生さん・新人さん。
まずは石の上にも3年です。
一社会人として成長してください。
そして周りからの信頼を得て、自分のポジションを確立していってください。
まともな仕事ができない人には、何も任せてもらえませんよ。
ちなみに、熱心に活動している学生さんたちは多くいますが、
これまで接してきて
「ああ。この人とだったら仕事を一緒にしたいな!」と思った人は
残念ながら一人もいません。
真っ直ぐで良い人は沢山いるのですが、
仕事をしたいかというと話は別なんですよねー…。
この辺のことは、もう少し後でもう一度書きます。
<外注先としてはどうか>
科学絡みのイベントをやりたい。コンテンツを作りたい。
…といった要望がでてきたとします。
そうしたときに、外注先として喜ばれるのは
「トラブルが少ない」「やりとりがスムーズ」「融通が利く」
相手です。
もちろん、コストはかからないにこしたことはありませんが、
上記の条件を満たすことのほうが重要です。
いい物を作りたいという熱意がたとえ強くても、
それがトラブルの原因になっては嫌がられるだけです。
そりゃあでんじろうさんクラスになれば、
お金払うのでお任せします、とかで済むでしょうけれど
大抵はそうはいかないですからね。
仕事をくれた相手の意向に沿うように、スケジュールや質を調整
できる能力がないと、成り立ちません。
「芸術家」と「デザイナー」の差みたいなものでしょうか。
芸術家は自分の思うように表現し、それを周りが評価をしてお金をはらいます。
デザイナーは、依頼者の要望に沿うようなものを制作し、お金をもらいます。
お仕事として請負いたいのであれば、芸術家ではなく
デザイナーでなければなりません。
<ちゃんとしていれば需要はでてくるはず>
以前に比べて、ますます情報開示や説明義務などが強く言われるように
なってきたかと思います。
その際、情報を整理し、加工する能力というのは非常に重宝するはずです。
サイエンスライターさんとかはとっくにこういったことで報酬をもらっているわけで。
文章に限らず、表現するところをもっと開拓していくと、
今まで非専門家が請け負っていた部分を、専門職として請け負えるように
なるのではないでしょうか。
■そもそも「コミュニケーション」苦手だよね?■
サイエンスコミュニケーションとか、そんな言葉を多用している割には、
「コミュニケーション」そのものが上手くない。というか下手であるという
印象をどうしても拭えません。
この界隈の人々と接している際に、ほぼ毎度感じることです。
特に、「聴く力」が非常に弱いように思えます。
傾聴ができる人がとにかく少ない。
自分が話したいことは話す。
相手の意見で納得いかない所には突っ込む。
でも相手の言い分をしっかり聞こうとはしない。
(本人は聞いているつもりなのですが、そうは思われない)
相手への気遣い、歩み寄りが本当に本当に下手っぴです。
これでは、相手が心を開いて話してくれません。
コミュニケーションが成立しません。
たぶん、研究などに興味を持つ人たちにはある程度共通した気質として
言えることなんじゃないかと思うのですが…どうでしょうか。
自分の興味のあるところにはぐぐっと入っていくのですが、
そうでないところへの扱いは非常にぞんざいになるというか…。
私自身も、過去を振り返るとまさにそんな感じでした。
特に学生時代。
今は社会の荒波にもまれて、少しは改善されていると思っております。。
専門知識や、わかりやすく伝えるためのノウハウがどうの…という前に、
まずは人の話をきちんと聴けるようになり、
自分が向き合っている人との対話ができるようになるところから
スタートすべきではないかなと。
是非とも育成講座などで取り入れてもらいたいものです。
■「学生」のメリット・デメリット■
熱心にサイエンスコミュニケーションに打ち込む学生さんが増えているようです。
色んなサークルや団体ができて、イベントを行ったりするようになりましたね。
大学によっては、「サイエンスコミュニケーション」が単位になるところも出てきましたし。
私の出身校である筑波大学も、途中からコミュニケータの養成講座に単位がつく
ようになりました。
(※8年前はつきませんでした。教官から白い目で見られつつ講座に通ってました。)
さて。そこで学生さんの強みを考えると…
やはり「フットワークの軽さ」「マンパワー」「自由な発想」あたりでしょうか。
どれも社会人になってしまうと制約がかかってしまうものです。
人件費のことは考えず、熱意で埋めてしまえるのもすごいことですね。
これらの強みを自覚している学生さんはとても多いと思います。
企業の人たちに向けて、
「僕ら(私ら)とやれそうなことあったら、いつでも声かけてくださいよ!」
「何か一緒にやりましょうよ!」
とかよく聞きます。
しかしですね。
気が進まないんです。
同席していた他の企業の人も同じ感想だったようです。
その理由ですが…。
学生である「弱み」についてはどれだけ考えたことがありますか?
ということです。
常識、礼儀、経験…ひっくるめて「信頼」の薄さを自覚している人は
少ないのではないでしょうか。
学生団体と会社との大きな違いの1つとして、
「継続性・安定性」…といったものが挙げられるかと思います。
会社は、簡単に潰したり音信不通状態に陥ったりするわけにはいきません。
業務内容も一定の水準は維持できなくてはダメですよね。
だからこそ、継続的に依頼が可能な相手と判断できます。
しかし、学生団体の場合。
学校行事に伴って行動時間が変動したり、わりとあっさり活動休止したり…。
構成するメンバーも年月が経てば卒業していきますから、
次の年も同じ質の団体であるという保証はどこにもありません。
安定性が抜群に悪いんです。
継続性・安定性がある団体と無い団体。
どちらに仕事をお願いしたいかといったら、当然前者になるのではないでしょうか。
仕方がないことなのですが、
他にも、社会人であれば身についているだろうスキルが無かったりします。
過去に見聞きしてきた具体例をいくつか挙げると…
・スケジュールを計画・管理できない
→連携する相手を意識した進め方が非常に下手。
段取りがうまく組めず、直前まで決まっていないことが多々あったり
後半にどんどん色んな事柄がずれ込んできたり…などなど。
・依頼者への連絡・報告ができない
→何か変更になったところ、変更したいところ、
スケジュールの進行具合(特に遅れているとき)など、
共有すべき情報を止めてしまう。
・リスク管理が不十分
→トラブルをほとんど想定していないので、
「時間が足りなくなる」「物品が足りなくなる」「参加者が予想通りに動かない」
などにすばやく対処できない。
一つのトラブルが原因で、他のトラブルにつながってしまうことも…。
・思いつきは言うが、全体のまとまりは考えられない
→「これをやりたい」という断片的なアイディアは出てくるが、
それをどこにどのように組み込んで、どうまとめるかといったことを
抜きにして提案をしてきたりする。
・自分で言ったことを責任をもって担当できていない
→自分でやるといっていたことを忘れている。もしくは、やらなくても気にしない。
後から聞かれて、「すみません、ちょっと手が回りませんでした」くらいの
返答ですませてしまう。
・人件費という感覚が無い
→学生団体内での作業であれば問題ないが、企業側にも同じ基準を適応している。
企業では人が動けばその分お金がかかるというところが抜けているので、
出費といえば消耗品費であるとか、会場費や交通費くらいしか思いつかない。
そのため、企業側の人的負担をカウントせず、無茶を要求していることにも気づかない。
…とかですかね。
これ、普段の業務(対会社のお仕事)でやられたら、
私相当怒りますよ。
外注先であったら、もうその後頼まないし、
部下などがやらかしたらめっちゃ雷落とします。
ただ、これらのことは社会に出てきていない学生さんなので、
できない事は決しておかしいことではないんです。
むしろ当然のことと言えましょう。
なので、これ自体をどうにかしろと言うつもりはありません。
でも、出来ていないという自覚はしてください。
出来ているつもりであっても、大抵は超絶不十分です。
そして、その出来ていない部分というのは、企業側が負担せざるを得ません。
学生さんと組むというのは、企業からしてみたらそういうことだと思います。
これ、正直なところ相当面倒くさいです。
上記を読んで、積極的に学生さんの団体とタイアップして何かをやっていこうと
思う人は少ないんじゃないでしょうか。
「僕ら(私ら)とやれそうなことあったら、いつでも声かけてくださいよ!」
「何か一緒にやりましょうよ!」
という声がけをする際には、
是非ともこのあたりを自覚した状態でお願いしたいです。
追記:ちなみに、たぶん一番楽な協力方法は
「学生の団体が行うイベントなどについて、企業がスポンサーとなる」形かなぁ、と。
これはもう行われていますね。よく見ます。
広告欄をパンフレットに載っけたり自社の商品を無償提供とかするのですが、
少なくともパンフレットの広告効果については、
企業側としてはほとんど期待していないんじゃないかなと思います。
<学生の活動を支援しました>という事実のみに価値を見ている感じです。
これは、うまく使えばイメージアップにつながるネタですからね。
(もちろん、好意で応援してくれるところもあります。
過去、そうやって応援してもらったこともあります。でも今回はそれを抜きにして書いてます。)
「お客さん○○人きました!」とか報告を受けますが、そこで配ったパンフから
企業のページにアクセスされるとかはまずありませんからね。
意図的に誘導すれば可能ですが、協力企業全てにそんなフォローできないと思いますし…。
実際に、とあるプレゼントキャンペーンの広告をフルカラーで出してもらい、
応募してくれた人には何経由でこれを知ったかをアンケートとったことがあるのですが…
そのイベントのパンフ経由できた人は、見事に「ゼロ」でした。
確か、結構大きめのイベントで
トータル1万人くらい入場者があったと聞いていたものですが、0人です。
ターゲットど真ん中の人たちにむけた、わりと目立つ広告つけてもこれです。
こんなもんなんです。
なので、「来場者数がこれくらいあるから広告を出す価値があるよ!」という主張をするのであれば
これは建前であるというのを裏でわかっておいたほうが良いかもですね。
確かに、企業側でお金を出す際にイベントの規模は重要な指標ですから、
主張すること自体は別に悪くないです。むしろ必要なことです。
でも、本心から言っているならばそれは甘いですよー。
現実は↑で書いたとおりです。
■いい加減、ボランティアベースから抜け出せないか■
元々、教育とかもそうですけど
お金を取りにくい雰囲気がすごいんですよね。
科学館なども、ボランティアさんにだいぶ頼ったりしていますし。
お金がない団体は、自費で経費を賄っていたりしますしね…。
外注するくらいなら自分でなんとか…とかやっている所も多いです。
全体的に資金難なところが多く、人件費を後回しにせざるを得ないところが
目に付くのも仕方のないことかもしれません。
でもですよ。
いつまでもそんなことやっていたら、発展なんてしないんじゃないですかね。
全部国から十分な支援をもらえるなら話は別ですが…。
お金は回ったほうがいいと思います。
他業界であれば、結構な金額をいただけるはずの作業も
この界隈では全然お金にならないものと捉えられていたりしますね。
文章を書くにせよ、画像を編集するにせよ、何か資料を作るにせよ…。
例えばイラストですが、なんてことないイラストだって
イラストレーターさんに頼めば、フルカラーで1カット5000円とかします。
専門的なものであれば、もしくは1枚あたりが大きければ1枚あたり
数万円したりします。
動画編集であれば1分あたり10万かかったり、
もっと細かく作りこめば例え1分であろうと60万とか普通にかかります。
本来であれば、結構なお金が動いていておかしくない作業がたくさんあるのですが
現状ではさっぱり動いてません。
そして一般的な金額を言うと引かれます。
今まで払ってこなかっただけに、今更正規の請求しても受け入れてもらえない感じです。
どこが突破口になるかはわからないのですが、
たとえば広報費用として予算が振り分けられているプロジェクト・組織があるのなら
そこはきちんと外注をして、広報物を作ってもらうようにできないものでしょうか。
外注先も、「こちらの送った資料をそのまま流し込んでくれる分安い」とかいうところではなく、
しっかり考えてくれる(場合によっては企画費用が発生するような)相手を
選んでみるということを習慣づけられないものでしょうか。
お金があるところが、それなりの使い方をし始めれば少しは変わるんじゃないかなぁと思います。
そして、その期待に応えられるようなスキルを有した人が外注先にスタンバれるように
なっていれば、なんとか回っていくんじゃないでしょうか。
淡い期待です。
…思うところはこんな感じでしょうか。
1)「サイエンスコミュニケーション」という言葉自体は広まってきている(定義は曖昧だけど)
2)そのおかげで、専門職としての募集も以前に比べればだいぶ増えてきている
3)学生の間でも興味を持つ者が増え、活動が活発になってきている
4)ただし、一般社会に馴染むには、全体的に「仕事を問題なく進めるスキル」が足りなさすぎる
…「コミュニケーション」も取れてないよね?
5)まだまだ「スキル」に対して報酬を支払うという文化が定着していないので、
これから開拓していく必要がある
やはり個人的には「4)」が一番気になるところです。
いくら伝えるノウハウとかを身につけても、根本的に働くのに向いていない状態に
仕上がってしまったら意味がないんですよね。
主張だけうるさかったり、気の合う仲間とだけ固まってやんややんや言う、面倒くさいだけの人です。
この部分をなんとかするのって、どうしたらいいんでしょうねぇ…。
うまい具合にまとめられないので、
ひとまずこのあたりで切り上げてみます。
またちまちま書き足したり削ったりするかとは思いますが、
まずはこのへんで…(=ω=;
お付き合いありがとうございました。

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